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障害児の出産をめぐる茨城県教育委員長谷川氏の非情な発言

新聞などの報道で、皆様もご存知かと思いますが、
茨城県の教育委員である長谷川智恵子氏が
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障害児の出産をめぐって驚くべき発言をして物議を醸し、 辞任しています。
発言を突き詰めれば「妊娠初期に障害の有無がわれば「おろす」ことができ、茨城県で障害児を減らすことができて、予算を節約することができる」という、極めて人間の尊厳を無視した冷酷なものでした。しかも県知事は、概ね長谷川氏の発言を容認し肯定したのです。またその場にいた全ての教育委員も何ら反論しなかったとのこと。
 あまりの無知と人権意識のレベルの低さに私たちは驚愕しました。
 「常陸24条の会」は報道直後の11月21日に、代表をつとめる長田の名前で茨城県庁に抗議し、説明を求める文書を送りました。
 「おろす」という言葉は、あっさりと使われていますが、漢字で書けば「堕ろす」となり、堕胎つまり中絶を差し、言い換えれば「命の選別」であり「子殺し」ということであり「生きるに値しない生命の抹消」ということになるのです。
 堕胎は刑法上の犯罪行為ではあっても、母体保護法により、母体の健康上の理由、あるいは経済上の理由がある場合、あるいはレイプ被害などによる妊娠の場合には認めらていれます。

 現在、少子高齢化が社会問題になっている状況からは想像しにくいのですが、戦後、日本は食糧安全保障を憂慮し、中国よりも早くから人口削減策を実施してきました。
 1948年の優生保護法制定がその始まりで、そのうえ人口削減計画の補強策として、世界でもまれに見る厳しい移民制限を実施してきました。 
 高度経済成長時代には福利厚生費を節約したい企業と一体となった国の政策もあって、産児制限を推進し人口削減が進められた歴史があります。
 夫婦と子供2人というモデルが推奨され、団地を始めとした住居のスケールも核家族を想定して広められたものでした。
 この流れは今に続いていて、このような歴史の中で、母体保護の拡大解釈によって中絶に対するハードルは心理的にも大幅に低いものにされ続けてきたと思われます。 
 戦前戦中は「産めよ殖やせよ」と煽り、戦後は「産み過ぎるな」と制限する。
 人間の命を国家が統制し、管理しようとする愚かさと非情さをしっかり見つめていかなければなりません。
 優生保護法の成立は中絶の合法化ではなく、女性の権利の確立でもなく、女性を人口政策・優生政策の道具にし続出ける政策だったのです。

 いま私たちが考えなければならないのは、東北や関東の女性たちが子供を持とうとしたときに背負わされる原発事故によってもたらされるリスクによる苦悩と重荷に対する理解と思いやりではないでしょうか。

 皆様は富岡町から水戸に避難している木田節子さんの娘さんの身の上に起きたことをお聞きになったでしょうか?木田さんが2014年4月に発表した「いまは福島のこと、いつかはあなたの町のこと」という小冊子をお読みになられたでしょうか?
 娘さんは妊娠10週にも満たない時期に、超音波診断により「胎児の生育が確認できない稽留流産」という診断で、中絶手術を受けさせられました。しかも手術の後に、同意書も取らずに、胎児の細胞を福島県立医大に送ったと告げられたとのこと。
 その上、同時期に友人3人が同様な診断を受け2人が中絶手術を受けているというのです。流産する確率は全妊娠のうちの約10~15%といわれていますから、この流産多発はどう考えても異常です。障害児の出産を増やしたくないために命の選別が行われたか、放射能被ばくのリスクによるものではないか、と疑わざるを得ず、いずれにせよ原発事故さえなければ・・・・と深く傷つき、心を痛めているのです。

 この文書で木田さんは「脳性まひ者の健康と生活を考える会」の代表・古井正代さんの発言や活動について触れておられ、原発事故後に導入されることとなった母体血検査についても書いています。母体血検査は妊婦の血液を採取して、胎児に含まれるDNAを検査し、染色体異常の有無を検査するものです。長谷川氏は出生前検査がここまで進んでいることも知らなかったのでしょうか?
 古井さんは脳性小児まひで生まれ、余命は11年と診断されたけれども、結婚して3人の子どもを授かり「大変なことはあっても自分は幸せで、不幸ではない」と言い、「誰もが生きやすい社会になれば、障害が苦悩だとか不幸だとか思わなくてもいい、命が選別されることも無くなる」と主張します。もし、出生前検査で胎児の異常がわかり中絶をすれば、影響がなかったことにできます。母体血検査は、被爆被害を闇に葬る道具として利用されることも考えられるのです。古井さんは「原発事故自体が優性思想を爆発させる仕組みを内包している」と考えると述べています。
 
 平成25年12月4日の参議院本会議で「障害は個人ではなく社会にある」といった視点に基づく国連の障害者権利条約は、全会一致で批准が承認されています。

 長谷川氏も橋本県知事もこのような社会の認識を知らず、全く無知だったということを露呈したわけです。
 
 以下は木田さんの文の抜粋です。

 娘はしばらく体調を崩し、仕事を休んでいる間に友だちに電話で事情を話したところ、話した3人全員が、妊娠後22週未満の時期に、娘と同じ診断を受けていたと知ったそうです。3人のうち2人は娘と同じ「胎児の生育不良による稽留流産」で中絶。死産率にカウントされない流産です。1人は生育不良と診断後の経過観察で生育が確認されるようになったものの、今度は心音が弱いと言われたが、処置は受けずに無事に出産できたそうです。その彼女は、「心音が弱いことや生育不良だったことで、将来への不安はあったけれど、どんな状況で生まれてきても、夫と2人で大切に育てると決めた!」と言ったそうです。わたしはその若い夫婦を尊敬すると同時に、羨ましく思いました。平静を装っていた娘の夫が、誰もいないところで泣いていたと聞き、もう少し様子をみていたら娘の子どもも生まれてくることができたのではなかったか・・・・と、超音波診断の映像で見た、あの小さな小さな命のことを考えてしまいます。

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by hitati24 | 2015-12-04 11:02